京都☆秦氏の足跡をたどる…八の一致による三角形の謎

今回、あまりに強引な内容ですので、私の妄想記録という事でおつきあいお願いいたします?

この直角二等辺三角形の地図も、

まぁ、偶然でしょうが、

位置関係を頭に入れやすいので貼っておきます。?

 

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☆京都伏見城南宮真幡寸神社(藤森神社)

兵庫県宍粟市山崎八岡神社

徳島市眉山八人塚古墳

 

この三点を結ぶ八のシンクロが、

八千戈神。

八千戈神とは

 

又の名を大己貴神

又の名を大国魂神、

又の名を…

 

 

 

 〇〇〇命で、〇〇〇〇〇

 

ではないのかという、

個人的推測と妄想。。。

 

〇〇〇は漢字三文字、〇〇〇〇〇は一般的にカタカナ5文字、すごいヒント?✨

 では、その答えを導くための

三角形の定理…

じゃなくて三地点の共通項による証明を以下に書き出してみよう。✏️

 

☆先日書いた城南宮の真幡寸神社について

ご祭神は神功皇后と八千戈神を戦勝祈願の旗に祀る船霊が元であった。その場所は元社地である現在の藤森神社。

その藤森神社のご祭神は

素盞鳴命

別雷命

日本武尊
応神天皇
仁徳天皇
神功皇后
武内宿禰
舎人親王
天武天皇
早良親王
伊豫親王
井上内親王

である。

 

兵庫県宍粟市にある八岡神社、

場所はミヤコガナル地と呼ばれ、住所は神谷。神がこの地に降りた場所であり、

ご祭神はやはり素戔嗚命、なんとこの神社には京都の藤森神社が合祀されているのだ。

ご祭神も、摂社まで一致している。

山の奥のひっそりとした場所にある神社と京都の都造営の時代に関する神社との共通項が、『八』

また、ここには石作りの名もみえる…

 

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播磨国の神社は、立派な石積みが特徴のように思える。ここからは石垣か高く、拝殿が見えない。

 

(天空の城で有名になった 竹田城も近いです。あの石積みは穴太衆とか。

穴太衆とは阿波の石積み職人。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%A4%AA%E8%A1%86

 

http://hach8.web.fc2.com/jinjya/03ibo/02yamasaki/07miyako-ganalu/11hachioka.htm

 

そしてこの八岡という名。ハチオカ✨

 

秦氏の氏寺、広隆寺は漢字は違うが、蜂岡寺とも言われ、太秦の蜂岡町にあるのだ。

 

広隆寺 (こうりゅうじ)は、京都市右京区太秦にある寺。

宗派は真言宗系単立。山号を蜂岡山と称する。

蜂岡寺(はちおかでら)、

秦公寺(はたのきみでら)

太秦寺などの別称があり、

地名を冠して太秦広隆寺とも呼ばれる。

帰化人系の氏族である秦氏の氏寺であり、平安京遷都以前から存在した、京都最古の寺院である。

国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、

聖徳太子信仰の寺でもある。毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られる』

 

この謎解きの鍵となり、秦氏の来た道をたどるシンクロを呼んだ『八』…私の妄想?だったらすみませんf^_^;)

が、内心、絶対何かある!という勘✨

 

この八岡神社を発見して、(発見しないと分からない山の中の神社)

案内してくれた宍粟の友人はある夢を見て、その話をしながら

ぜひここへと

私をこの神社に連れて行ってくれたという曰くあり…その人は播磨国秦氏の末裔)

そして、宍粟の揖保川を下ると赤穂

そこには秦河勝ゆかりの大辟神社があるのが播磨の国なのです。

 

徳島市眉山にある八人塚古墳

ここも『八』

地元情報からすると、この眉山に祀られているのは素戔嗚命であり、その素戔嗚命の社へ続く八つの登り口である坂から、八坂神社と呼ばれるようになった…そうで。

という事は、八坂神社の名の起こりは眉山?…となる??

素戔嗚命牛頭天王

 

眉山は、古代豪族達の墓陵であり、

この眉山にあるゴルフ場の敷地にある八人塚古墳は、古墳時代初期の積み石の前方後円墳としては日本最大である。

八人の武将の御陵。

彼らは何者なのか?

何者かはわからなくとも、

目の前に古墳時代初期という古さの古墳があるという説得力は大きい。

 

こちらの阿波古代史巨匠のぐーたら気述べ日記さんのブログが読みやすく分かりやすいので詳しくはこちらでどうぞ。

http://goutara.blogspot.jp/2012/12/blog-post.html?m=1

 

そして、『八』のみで眉山にシンクロが飛んだわけではなく、

もうひとつの氣になる場所が徳島にあった。

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大己貴神

八千戈神…

ここは、地図を見て発見し、その神社の詳細を調べようと検索したブログ情報(こちらも隠れ巨匠と尊敬する方のブログでした)

によってもかなり怪しい、

…いや、大切な場所であるに違いないと脳裏に焼きついた場所であった。

参考?

http://blogs.yahoo.co.jp/autoikuo/21222520.html

 

そして、大己貴神大穴牟遅命大国主とされるが、大国主は今の県知事みたいな呼び方であるので、一人ではない。

 

大己貴神播磨国風土記によると、

伊和大神ともなる。

国づくりのために、諸国に出て行った神である。

八岡神社のある 宍粟市には、播磨国一ノ宮伊和神社があり、

伊和大神が天日槍と戦った伝承がある。

 

その伊和大神とは誰なのか?

 

という事と、底流に流れる氏族を超えた民の記憶がどこの時代まで遡れるのか。

 

その蓋の鍵を握るのが、

秦氏であるような…

 

八人塚古墳に眠っていた武将は何者なのだろうか。

 

この度はあまりに話があちこちに飛びすぎてますが、

私の妄想についてこられる方はいらっしゃいますでしょうか?

 

 

あ、、、三角形の証明になっていない?

 

…つづく