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ワカミヤメ、ハハモヤマトノオオミヤメ


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前回の続きです。

「 丹後の国 二の宮
     大宮賣神社
祭神:大宮賣神(あめのうづめの神、みやびの神)
        若宮賣神(とようけの神、うけもちの神)


当宮の創立年代は詳らかではない。
しかし、境内から出土する多数の遺物から証せられるように、

この地は遠き古代弥生時代の頃に、既に渡来した人々の生活があり、
稲作民による祭祀呪術的な権力をもつ豪族の国(大丹波)の祭政の中心の地であったといわれる。


当宮の境内は、神社としての社ができる以前に、既に古代の政が行われていた地である。


6世紀と思われる頃、大和朝廷に統一された大宮賣神は、
宮中八神殿の一柱で造酒司(みきつかさ)にも奉斎され、
この神を祀る最も古い社といわれる。」



以上、神社パンフレットより一部抜粋




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参拝時にお会いできた当神社の
宮司さまからお聞きしたところによると、
古代の祭祀場を埋めてその上に社が建っているので、神社の敷地から多数の古代祭祀道具が掘り出されているということでした。


祭祀用の食器などの道具は、人々の使うものと違ってミニチュアで小さく作られているので分かるのです。


古墳や祭祀場の前に神社の社を建てるという事は良くある古い神社の形態ですが、
ここはそれを全て潰して埋めて、
その上に神社を建てている、
まるで、何かを押さえるかのように真上に…
何か特別な意味があるとしか思えない…と考えながら仰っていたのが印象的でした。



この神社の特徴である、
祭神が二座という事、
それはとても珍しい事ですが、後から合祀などで二座になったわけではなく、初めから二座だったというのです。

御神体を見たら明らかに分かるという事でした。

かなり古い御神体で、この神社の重要性からその年代を調べたいとの研究機関からの依頼も度々あるそうなのですが、

今まで御神体は人目にさらされた事はなく、氏子さんの大切な心のよりどころでもあるので、
私の代である限りは、歴史の究明よりも氏子さんの信頼の方を優先したいとおっしゃっていました。






宮司さんは御神体を見ているので、
その御神体についてとても不思議な事があると、
間を置きながらお話ししてくれたのでした。

私は、それ以前からあるサインとシンクロが続いていて、
タイミング良く、ここに行ってみたいと思い立った神社を巡るという事を続けているのですが、
詳しくわかって調べていくわけではないのです。

しかし、行く前にはわからなかった共通点が行く場所行く場所でもうずっと続いていたのでした。


この日、
今までのサインとは違う流れだろうと、
ここにはないと思っていた
まさにそのもののキーワードを宮司さんがおっしゃったので、
もう鳥肌が立つ思いでそのお話を聞いていました。





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